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東京高等裁判所 昭和34年(う)859号 判決

被告人 C(昭一五・二・二八生)

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人朴宗根名義の控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴趣意第一点について。

しかしながら原判決挙示の各証拠によれば、原判示第一及び第二の各事実を認めるに十分である。殊に原裁判所において、被告人及び弁護人が証拠とすることに同意し、かつ適法に証拠調をなした本件被告人に対する少年審判調書によると、昭和三十三年十月九日東京家庭裁判所における審判期日に、被告人の父○二○及び附添人弁護士朴宗根立会の下に、裁判官から問われるままに、本件両事件をなすに至つた動機、原因、その顛末状況等につき詳細にかつ素直に述べているところによつても、原判決の摘示事実(姦淫の意思を以て本件各犯行に及んだことをも含めて)を認めるに十分である。(捜査官の取調に所論の如き強制、誘導があつたとの点は記録上認められない。又罪となるべき事実のうち故意の如き主観的要件に属する部分は、補強証拠を要せず、被告人の自白のみによつてこれを認定しても、所論の如く違法であるということはできない。)所論は、射精しなかつたから強姦にあらずと主張するも、強姦の罪の既遂は交接作用即ち陰茎の没入を以て成立するのであつて、必ずしも生殖作用即ち射精することを要するものではないから、被告人が仮りに所論の如く射精しなかつたとしても、陰茎を没入せしめた以上強姦罪は成立しかつその既遂を以て論じなければならない。その他記録を精査するも、原判決には何ら所論の如き事実誤認の過誤は存在しない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について。

しかしながら、原審証人能美陽一及び鰭崎徹の原審第二回公判期日における供述中に東京少年鑑別所において被告人を、心理学的方面と精神医学的方面から鑑別し、種々の検査方法を以て検査した結果、被告人は気分易変性にして自己顕示性に変調あり、外罰的加虐性、冷情性あり、他面智能検査は優秀にして創造活動は活溌なるも、空想的創作に著しい歪曲あり、自己中心性が強く独善的、反社会的であつて、一面攻撃的、残忍反応がある、又被告人には行動を起す直前まではしようかしまいかという精神的躊躇意識があるから、行為に対する認識の混濁は認められない。要するに、被告人は精神病質ではあるが、精神病的異常者ではないとの趣旨の記載があるから、本件各犯行当時被告人は、行為の是非善悪を識別し得る能力が減退しているいわゆる心神耗弱の状態にあつたとは認められない。刑の減免理由たる被告人の心神の状態については、必ず特に専門医をして精神鑑定をなさしめなければならないということはないから、少年鑑別所の鑑別の結果及びその他の資料等に基いて、被告人の心神の状態を判断し、その結果心神耗弱の状況になかつたことを認定したとしても、所論の如き審理不尽ということはできないと共に原判決の認定には何らの事実誤認は存しない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三点について。

記録に見られる本件各犯行の動機、態様、結果殊に原判示第一の犯行は、風呂帰りの黄昏道で、しかも被告人の居宅からよく見える位の近距離の場所において、被害者が自転車で通行する姿を認めて突嗟に犯行を敢えてし、強姦の後一旦息をふき返えした被害者を再びその首を締めて殺害し強姦した大胆にして惨虐な犯行であり、原判示第二の犯行は、自分が通学勉強している小松川高等学校の屋上で、しかも同じ学校の女子学生を強姦殺害したもので、その被害者には何らの罪科はなく、静かに読書している姿を認めて劣情を起し、敢えて強行したもので、しかもその犯行の態様たるや執拗、残酷であつて、人の目を反むかしむるものがあり、これがため同高校の学生は勿論社会全般に及ぼした不安、恐怖は到底筆紙に尽し難いものがあることが認められる。なるほど被告人の各犯行は、原判決も説明するとおり、必ずしも計画的犯行ではなく、偶発的犯罪とも認められないではないが、刹那的官能的衝動にかられた結果とはいえ人の生命の尊くしてこれを損傷するが如きは何人と雖も許すべからざるものであるところ、しかも前記の如く惨虐極まる犯行を敢行し、これが為め計り知れざる社会不安、若き女性に対する恐怖の念を与えた以上、洋の東西を問わず国籍のいかんに拘らず、人間として重大なる責任を問われなければならない。所論は、原判決が量刑の理由として説明している点に対し種々理由をあげてこれを非難している。被告人は日傭人夫の父、半いん唖者たる母の外兄一人、弟一人、妹三人の七人の家族と共に八畳と四畳半の二間に起居しており、両親は子女を保護指導する能力に欠け、しかも精神的、経済的に恵まれない家庭に育つた昭和十五年二月生まれの少年で、その生活環境は不良であつたことは記録に徴し明らかなところ、殊に右量刑の理由第四、第五に記載する如く、原判示第二の犯行後被告人は被害者宅、新聞社、警察署に電話をかけたり、被害者宅に被害者の所持品を送つたりしたこと、又電話をかけたことが新聞、ラジオによつて放送されることに自己満足を感じていたというが如きは、通常人をしてその理解に苦しましむるところであることは、洵に所論のとおりである。被告人の境遇が前記の如く不良にて、被告人の家庭の経済的貧困、精神的貧しさが、被告人をして数々の非行をなさしめ、これが罪の認識を麻痺せしめるという被告人の性格形成に影響を及ぼしていることは認められないではないが、被告人は、原判決も認めているとおり、学業の成績よく、学級の委員長に選ばれ又旺盛なる読書力で多数の一流外国文学書を読破する才能に恵まれている反面小学生三年頃から窃盗をなしその後欲望の赴くまま自らを制することができず、図書館、学校等において莫大な書籍、備品等を窃取し、自宅附近で自転車等を盗むが如き行為をなし、数回検挙されて現に東京家庭裁判所の保護観察に付されていること、当時工員として就職し、雇主、同僚の評判もよい反面かねてから若い女性に接触したいという欲望を抱いての刹那的の衝動からとはいえ、本件の如き惨虐なる犯行を二回に亘つて敢行し、殊に前記の如き犯行後における奇異なる行動をなしたこと等を考え併せると、被告人の性格形成には家庭環境の影響を否み得ないとしても、主として被告人の社会の一員としての自己の責任、行為に対する自覚、自主性の欠如、道徳的倫理的観念の稀薄に基因するものというべく、従つて所論の如く家庭環境の不良、これに基づき形成された異常性格なるが故にその犯情に酌量の余地ありと直ちにいうことはできない。その他記録に現われた諸般の情状に鑑み、かつ原判決の量刑の理由に説明するところを併せ考え、被告人が未だ二十歳に満たない少年であることを考慮し、尚被告人に有利な所論の諸事情を斟酌し、かつ被告人は原判決後弁護人に書簡を送り、その後懺悔、菩提に発心したことを訴え、人間的良心を感得した情状を考慮しても、事の余りにも重大にしてその責任の重きに思いを致すときは、被告人に対するに死刑を以て臨むことは是亦やむを得ないところといわざるを得ない。原審の量刑の不当を主張する論旨は理由がない。

控訴趣意第四点について。

しかしながら現在我が国の採用している方法による絞首刑は憲法第三十六条にいう残虐な刑罰に当らないし、死刑の言渡は憲法に違反しないことは最高裁判所の幾多の判例の示すところであるから、この点に関する論旨は理由がないといわざるを得ない。

以上の理由により本件控訴はその理由がないから、刑事訴訟法第三百九十六条によりこれを棄却すべく、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 東亮明 判事 井波七郎)

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